2010年3月10日水曜日

地球の裏側から津波が来た日の思い出

その日は朝から暗い雲が立ちこめ、どしゃ降りの雨が降っていた。
朝八時四十五分に品川集合のはずが、9時になっても誰も来ない。

ようやく同行者のMと娘のTが着いたと連絡が入る。
もうひとりのLは朝まで作業をしていて起きられなかったので後から来るそうだ。
われわれはエキナカで朝食を取ることにした。

Mは絵描きで、一見穏やかな美人だが毒のある発言ばかりするマイケル好きの不思議な女の子。
はじめて会ったとき、彼女はわたしに「アッキンコーズ」という謎のニックネームをつけてくれた。
なんの共通点もないのだけど、なぜか妙に気が合った。
娘のTもたいそう聡明で、Mにそっくりな5歳の女児。

Tは肉が食べられない。生ジュースを欲しがるのでMが買い与えた。
Mはスープ屋に入り、クラムチャウダーのリゾットを食べる。彼女の近所にはこういうスープ屋がないからうれしいと言う。
私はスープ屋に傘を忘れた。

横須賀線の座席の向かいにシスターが3人座っていて、MがTに「幼稚園の面接では、ああいうひとたちに会うんだから覚えておいてね」と語りかける。

車内で、Mの父から「沿岸に津波警報が出ているが大丈夫か」と心配する連絡が入った。
そういえば前日にチリで地震が起こったのは知っている。その津波が午後に太平洋沿岸に到達する予定らしい。
津波ってどれくらい大きいんだろう。

鎌倉行きじたいは2週間前から決まっていたが、どこに行くかは車内で決めた。
Mの両親が鎌倉好きとのことで、「鎌倉おすすめスポットメモ」をくれた。
ヤレ紙を切ったメモ用紙には店の名前とおすすめメニューが細かに書かれている。
ディモンシュのパフェからシラス丼まで幅広いメニューを誇るお役立ちメモ。

はじめて知ったことだが、Mはかなりの仏像好きだった。

彼女は子供の頃、両親と鎌倉に来て、長谷観音の前から動けなくなってしまい、迷子になったことを話した。「ものすごく強烈で、いつまで見ていても飽きなかった」と言った。

そういえば、わたしも長谷観音にはいわくがある。
10年くらい前に訪れた時、「撮影禁止」と書かれているにも関わらずわたしはデジカメで盗み撮りをした。すると、撮影した時には確かに写っていたのに、寺を出て確認すると観音様の写真だけが消えていた。普段オカルト体験には無縁なので、この事件にはかなり驚いた。

また、Mは大仏もたいそう好きだった。
幼いころ、彼女のお気に入りの人形は大仏像だった。リカちゃん人形ではなく。
「鎌倉大仏には鼻水を手で拭いたみたいな跡がついているのよ」と彼女は言うが、わたしはどんなものか思い出せない。

鎌倉についた。雨は飽きもせず降り続けている。「こんな天気だなんて、鎌倉には心底がっかりさせられた」とMは言う。

クラシックなコーヒー屋に入り、彼女はマシュマロが浮かんだコーヒーを頼んだ。Tはシュークリームとエクレアは仲間だという。わたしは洋傘専門店で10本の骨のピンクの傘を買った。1時間後、ようやくLが合流して、さっそくTをGRデジタルで撮りまくる。江の電の駅でLは3人にコロッケを買ってくれた。Lはみんなにとてもやさしく、Tの写真を会う度に100枚くらい撮っている。

長谷寺に着く頃には、雨が上がり始めた。Mの呪いが通じたとしか思えない。
観音様は相変わらずキョーレツだった。わたしはiPhoneで写真を撮ってみたが、観音様は普通に写っていた。苺とリボンの形のお守りを購入。Tはお賽銭をあげるシステムが気に入ったらしく、賽銭箱があると無闇矢鱈に入れたがった。

展望台からは海が見える。眺めていると、サイレンが鳴り響いて津波警報がアナウンスされる。「午後二時頃津波が到達する予定です」と女の声が繰り返し叫ぶ。不安そうな外国人観光客がいたので、「ゴジラが来ますよ」と教えてあげた。

続いて大仏。背中にバコーン!と窓が2つ空いているのが奇妙。

空腹になったので、Mの母が強烈におすすめする甘味やの蕎麦を目当てにタクシーで向かう。

店についたが、母のおすすめ情報とは裏腹に甘味専門店で蕎麦などの食事の類は置いていないという。しまったこれはトラップ!しかしくずきりはつるつるとしてのどごしが気持ちよく、黒蜜ととても合うおいしいものだった。

駅に戻って江ノ島に向かおうとすると、電車とバスが全て止まっている。
改札には「津波警報のため、全線運休です」という紙が貼られ、シャッターが閉まっている。
復旧の見込みはないという。われわれはまたタクシーに乗り込むことにした。

後編につづく

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